債務整理 東京の独自色!
特に証券市場の環境が悪いと、売りたくても買い手かつかず、売るに売れないということも起こってきました。
売りたいときに売れないような株は買いたくない、というわけで、さらに株価も下がるという悪循環となり、個人投資家の店頭株離れの大きな要因となってきました。
このような背景から、平成十年十一月に日本証券業協会から公表された「株式店頭市場の改革に向けて」という報告書では、マーケットメーカー機能を活用した特徴ある株式店頭市場の構築が最大のテーマとなっています。
マーケットメーカー制度は旧店頭特則銘柄で一部実施されていたのですが、これを本格的に導入し米国ナスダック型の市場を志向するものです。
ナスダックの隆盛は、「値付け業者」ともいわれ、特定の銘柄についてマーケットメーカーとなった証券会社は、常時、売りと買いの気配値を公表し、顧客の売買に応じることを義務づけられます。
マーケットメーカーは、売買注文に応じるために株を在庫するリスクを負いますが、売りと買いの差額(スプレッド)を利益として享受できます。
証券会社からは新しい収益源として、投資家からは「売りたいときに売れない」という流通面の不満が解消されるので、定着が期待されます。
化した多数のマーケットメーカーが常時気配値を公表し、売買に応ずる仕組みが確立していることがその大きな要因とされています。
ナスダックでは、複数のマーケットメーカーにより常に競争的に値付けが行われ、公正な株価が形成されています。
インテル、マイクロソフトなどの有力企業は、プログラム売買により株価が極端に変動を受けやすい取引所上場をあえて避け、ナスダックに留まっているといわれます。
今後、マーケットメーカー制度をわが国でも定着させることが、店頭市場活性化のカギといえるでしょう。
戦後の株式公開ブーム戦後の株式公開ブームには、昭和三十年代後半の第一次公開ブーム、昭和四十年代後半の第二次公開ブームがあり、そして今回、昭和六十年頃から現在に至るブームは第三次公開ブームと呼ばれています。
これら、公開ブームを形成した新規公開会社の動きを見ると、さながらわが国の産業構造の変遷ともいえます。
例えば、第一次公開ブームでは、清水建設、鹿島建設、佐藤工業等の建設業、パイオニア、アイワ、TDK等の電機会社、曙ブレーキ工業、NOK、カルソニック等の自動車部品、HOYA、三協精機製作所、オリエント時計等の精密機器の会社が相次いで上場しました。
また、第二次ブームでは、ダイエー、イトーヨーカ堂、西友等の流通業、千葉銀行、七十七銀行、八十二銀行等の銀行、新日本証券、岡三証券等の証券、それに日本列島改造ブームを背景に、住友不動産、小田急不動産、藤和不動産等の不動産業の上場が相次ぎました。
第三次公開ブーム以降は、既存の産業に加えて、製造業では半導体関連、エレクトロニクス、メカトロニクスといった先端産業、サービス業では情報処理、リース業、多店舗展開型の小売業、外食など、新しい分野で台頭してきた産業が目立っています。
倒第三次株式公開ブームの背景現在に至る株式公開ブームは、昭和五十八年の証券取引所の上場基準の改正、店頭登録基準の改正といった規制緩和を契機とするものですが、その根底にはわが国の産業構造の変革と、中堅・中小企業の世代交代という大きな流れがあります。
大蔵大臣の諮問機関である証券取引審議会は、昭和五十八年六月、「株式市場の機能拡充について「中堅・中小企業と株式市場との関連を中心として」という中間報告を行いました。
ここでは、経済・産業構造の変化に伴い、将来性のある未上場の中堅・中小企業の基盤を強化し、企業活動を活性化するというニーズに応えるため、株式市場のより一層の機能拡充が必要、との答申がなされました。
具体的には、証券取引所は、取引所市場にふさわしい一定水準以上の中堅・中小企業に上場の途を拡大するために、上場基準の見直しを行う、また、上場審査の運営のあり方について見直しを行う、店頭市場では、登録基準の緩和を行い、公募増資を認める等店頭市場の整備を図る、といった内容でした。
これを受けて各証券取引所では、上場審査基準の緩和を行い(例えば東証では、上場株式数が一千万株以上であったのが、六百万株以上となりました。
現在は四百万株以上)、これまで不明確だった上場審査項目を明文化しました。
また、大阪証券取引所では上場基準の緩和に加え、「特別指定銘柄(新二部)」を創設し(現在は二部に統合)、より緩やかな基準で取引所に上場する途を開きました。
一方、店頭市場では、店頭登録基準の緩和が行われ(例えば、設立後経過年数が二年以上であったものを廃止、利益配当については無配でも可となりました)、店頭登録申請時や店頭登録後の公募増資も、一定の条件のもとで行えるようになりました。
産業構造の変革いわゆる「重厚長大」から「軽薄短小」への産業構造の変革には目を見張るものがあります。
戦後の日本経済を牽引してきた重化学工業は停滞し、代わって半導体、コンピューター、情報処理、エレクトロニクス、通信、流通、外食、レジャー、文化等の産業が台頭してきました。
個性化の時代を迎え、生産方式も大量生産から多品種・少量生産に移行し、柔軟性に富み環境適応力にすぐれた中堅・中小企業の活躍の場が広がってきました。
これまで「隙間(ニッチ)産業」といわれ、大企業が手を出しにくい領域であったものが、日本経済全体の規模の拡大とともに、隙間が隙間でなくなり、広大なビジネス領域となってきたのです。
この隙間を埋めるようにして、着実に日本経済に根を下ろしてきた中堅・中小企業は、徐々にその領域を拡大してきました。
この頃、戦後に創業され成長してきた中堅・中小企業が世代交代の時期を迎えてきました。
これらの企業にとって最大の関心事は、いかにスムーズに事業を次の世代に承継するかということです。
経営体制のよりしっかりとした立派な会社にして、事業を次の世代にバトンタッチしたい、というのが創業者の共通の希望でしょう。
相続にあたっては、非公開で換金性の乏しい株式であっても、業績や資産内容によっては多大な相続税評価額となってしまい、事業の継続すら危うくなるケースも見られます。
特にバブル期に、事業承継と相続税対策に関する本が巷に氾濫したのはこのためです。
しかも、ただ単なる節税対策では利益圧縮や利益分散による後ろ向きの解決にすぎませんが、株式公開の場合は、会社そのものを発展させて前向きに解決を図るものといえます。
中堅・中小企業が有力企業として生き残っていくか、家業で終わるかの選択は重要なテーマとなっています。
このような、中堅・中小企業の資金需要と、事業承継対策に最も有効かつ最良の方法が、株式公開だったのです。
ですから、第三次公開ブーム以降は、一時限りの現象を意味する「ブーム」という言葉がふさわしくない、膨大な数の中堅・中小企業をも巻き込んだ日本経済の根底からわき上がってくる「経済潮流」となりましたoこのように、株式公開が身近になったのは店頭登録基準の緩和と、店頭市場の発展があったからです。
以前は、株式公開という言葉は上場を意味しており、上場など「夢のまた夢」というのが現実でした。
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